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ニューヨークの鉤十字

ニュース

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鉤十字だらけの地下鉄車内。NYの乗客たちは協力して落書きを消した

2月4日土曜日、米ニューヨークの地下鉄車内の至るところに鉤十字やナチス礼賛の言葉が書かれていた。それを見た乗客たちは協力し、すべてを消した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170206-00010001-bfj-int

NY地下鉄の憎悪落書き、乗客が結束して消去

米ニューヨーク・マンハッタンで、地下鉄の車内に書きなぐられた憎悪の落書きに対して乗客が立ち上がり、乗り合わせた人たちが協力して消し去る出来事があった。

http://www.cnn.co.jp/m/usa/35096097.html


ニューヨーク地下鉄の乗客たちは、憎悪が本質的に象徴と結びつくものであることを(自覚していたかどうかは別としても)知っていた。そのことを彼らの行動は示唆している。どうやら彼らの一部は、憎悪をたんに消去するだけでなく、それを別の象徴に置き換える必要があると感じていたようなのだ。CNNはニューヨーク州知事アンドリュー・クモオのTweetを報じている。知事がアップしたのは、星条旗に落書きされた鉤十字に、さらに「LOVE」の文字が重ねて書かれた写真(上記)だった。知事はこの写真に次のコメントを加えている。

これがニューヨーカーの行動だ。私たちは憎しみを愛に変える。私たちは引き下がらない。現在も、これからも。

これは一見してCNNの伝える乗客たちの感情とも一致するかのようである。

落書きはわずか数分で消し去られた。「全員が座席に戻って互いを見やり、幸せな気分になって乗車を続けた」とニードさんは話している。

しかし彼らがほんとうに満足していたかどうかわたしは疑問におもう。


憎悪が本質的に象徴と結びついているように、政治は本質的に象徴を求めるものだ。憎悪と政治が交差するこの一点に、愛はなにより無縁なものである。愛は政治にとっては無力であるが、それは本質的に象徴とかかわらないものであるからだ。従って、地下鉄の乗客たちがニューヨーク州知事のTweetを知ったら、それを不快におもったにちがいないと想像することはできる。彼らの満足感はその場での連帯に基づくものであって、それを「愛」と呼ぶことは不可能でないにせよ、少なくとも「愛の象徴」に基づくものではなかったからである。

政治は愛すらも象徴に変えようと努力しているのだろうか。そのとき政治は、自身の無力さを証言していることに気づかないのだろうか。それ以上に、憎悪の象徴を消去するという行動が、またそれも他の憎悪に基づくものだと、当の政治が示唆することになると、気づかないでいるつもりなのだろうか。


あるいは次のように考えることもできる。つまりニューヨーク地下鉄の乗客たちは、愛に基づいて行動したのではなく、たんに恥ずかしさに駆られてそうしたにすぎないのだと。ニュースがあらゆる面で恥辱の感情を消し去ろうとするのは、一般的な傾向である。ニュースの文章そのものがスタイルを欠いているように、ニュースに登場する人物のそれぞれは、いつも恥辱を欠いているように見えるものだ。しかしこのニュースでは、それに添えられた写真から、電車の落書きを消そうとする乗客たち、またそれをただ見ている乗客たちが、困惑したような笑みを浮かべているのが見てとれる。

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彼女の笑みは両犠的である。つまり彼ら(彼女ら)は、自分が眼にしているものを恥ずべきものと感じただけでなく、自分のふるまいにも恥ずかしさを覚えたのではないか? 写真を撮られることそれ自体にも似た、どこか収まりのわるい感情を覚えたのではないか?

すると、彼らの表明した満足感も、州知事が事後的に加えたコメントも、彼らの感情にとって必要なものであったことが理解できる。そこには欺瞞があって、その欺瞞とは、彼らの恥ずかしさを否認するものにほかならない。写真が捉えた一瞬は、このニュースの誇らしげな文言とはうらはらに、彼らの無力さの記号をわたしたちに投げかけている。


恥ずかしさと憎悪の闘争は、いつも憎悪が勝利を収めるものだということを、当の恥ずかしさが一番よく知っている。だから、恥ずかしさは無力さではなく別の記号によって上書きされる必要があったのだ。それが掻き消すという行為の意味であり、星条旗にマジックペンで書かれた「LOVE」という文字の意義である。さらに、同様の真正さをもって次のように云わなければならない。星条旗に書き込まれた鉤十字は、掻き消されるのではなく別の記号によって補完され、贖われる必要があったのだと。実際、星条旗の写真はまさに恥辱の感情をわたしたちに告げている。というのも、そこで告げられているものに誇らしげな感情と似たものはなにもないからである。ニューヨーク州知事とニュースの意図とは無関係に、「LOVE」の4文字は愛とは別のものを示そうとしているのではないだろうか。

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